2012年07月18日

長野決勝副将戦におけるキャラ構図の見事さについて

 あまり評価されていないんだけど、小林立さんは構図が上手い作家だと思う。
 絵もそうなんだけど、物語もそう。
 これはスゲエと思ったのが副将戦における目立つ/目立たないを軸にした戦い。あんな対立構図と闘牌展開を考えられる頭の中を覗いてみたいくらい。


咲副将戦1.JPG


 まず最初の軸として、龍門渕透華の目立ちたがりが提示される。(この画像、実は二巻の冒頭。つまりその頃からすでに副将戦の闘牌を用意していたと推測できる)

 龍門渕透華は原村和への対抗意識が強い。
 彼女よりも目立ち、勝つということが行動の基準になっている。


咲副将戦2.JPG

 龍門渕透華は原村和と対比されるライバルとして描かれている。
 設定も似せられており、デジタル打ちのアイドルっぽい美形という共通点がある。

 また、龍門渕透華は覚醒すると冷たく隙を与えないとされるんだけど……。
 実は、これ「のどっち」との対比。


咲副将戦3.JPG

 原村和が天使ののどっちモードになるとき、ほわっと表情が緩んで発熱する。
 もちろん、透華が「冷」なのに対する、「温」のイメージ。


 なお、後の合宿回での台詞だけれど、透華はのどっちにあこがれている部分があって、「(麻雀の)スタイルが同じ」であることを目標にしているのがわかる。(恐らくは、胸を含む肉体のスタイルというダブルミーニングも含まれている)


咲副将戦4.JPG

 画面構図でも、二人が対比された箇所がある。
 右の透華、左の和は左右対称に配置され、コマ割りも似せられ、4萬を切るところまで合わせられている。(まあ、4萬はオリてるからなんだけど、でも確実に構図を合わせている)


 ちなみに、こんな風に画面構図やコマ割りを揃えられている二人は、ほとんどの漫画でライバル、あるいは比較されるべき二人。


咲副将戦8.JPG
咲副将戦11.JPG

 「見られることをモチベーションを上げる龍門渕透華」と、逆に「見られると恥ずかしいけれど、それすら無視して集中することでのどっちモードになる原村和(見られることへの意識を極力排除 but 宮永さんが見てるのはOK)」は見られることへの価値観は真逆。


咲副将戦6.JPG
咲副将戦5.JPG

 そこに割り込んでくるのが、「存在感が無いステルスモモ」!
 「目立つ/目立たない」や「視線大歓迎/視線を気にしない」の対立軸を横から殴りつけるように、そもそも「見つけることすらできない能力(究極に目立たない/視線が無意味)」を引っさげて、副将戦の勝負に絡んでくる。
 あまりにも見事な闘牌構図!


 以上を踏まえての流れも素晴らしい。

 まず圧倒的に場を支配したのはデジタル最高峰の和。
 その和に一矢報いたのは、デジタルを捨てた透華。
 その透華から点を奪ったのは気配消しというアナログ能力を持つ桃子。
 そして、その桃子を打ちとったのはデジタルの和。

 ぶらぼー!


 ……で、存在感ある造形の割に最後まで活躍が描かれなかった深堀さんも、可哀想だけど、「存在感がないゆえに活躍する」モモと対比なわけで……。(酷いけれど、「アイドルではない」という軸で、和や透華とも比較されている可能性も)



■ 構図に関してのあれこれ

 こんなの偶然で、作者は軸とかキャラの配置構図とか考えてねえよ、と思う人はだな。
 対立構図があるかもしれないと思いながら、沢山本を読むと、いろいろな作品で見つかったりするよ。

 わかりやすくて、しかもよくあるのが、主人公とライバルや、善と悪といったポジションの二人の特性や能力や動機が合わせられていたりするアレ。
 例えば、善側は女の子を守る為に行動していて、悪側は女の子を失ったことの復讐で行動しているとか表裏一体になってるあれ。言われてみると結構ありそうっしょ?

 で。
 こういった対立構図を複雑にして、魔改造すると長野決勝副将戦みたいな凄まじい構図になったりするんよ。


 小林立さんはこういう構図のお遊びが好きなようで、ちょっとした例だけど、こんなのがある。

咲副将戦9.JPG
咲副将戦10.JPG

 自分よりも背の高い姉帯豊音にあった井上純が、「お前よりもちっこいティーンも見たことないけど」と言った次のページで、恐らく天江衣よりも背の低い鹿倉胡桃を出すとか。背の高さを軸にして、キャラの印象づけを強化させている。


 そういえば、先日同日発売した『咲-Saki-(10)』『咲-Saki-阿知賀編』(2)』の表紙と折り返しが、愛宕(妹)と愛宕(姉)、松実(妹)と松実(姉)と、姉妹のカップリングで合わせられているとかも、軸を合わせたり、対比させたりする創作上のお遊びの一つ。(実はコメントで教えられたものだけど、見てみると、おおっ、なるほど、ってなるよ)


 あ、あと、咲が山頂(嶺上開花)で衣が海底(海底摸月)というのもそう。
 この咲と衣の対比構造は、いつか書くかも。


 咲はぁはぁCG集
 和×透華.jpg


 
posted by 真鯛 at 00:20 | Comment(4) | 本編(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おぉー、すげー
冷と熱、存在感としてのモモの対比とか気づかなかった……
Posted by 久は俺の嫁 at 2012年07月18日 01:40
なるほどー、気づかなかったものもあったので、改めて考えるとおもしろいです
最近では愛宕姉妹の外見内面を対比させて楽しんでました
Posted by マーヤ at 2012年07月18日 02:09
咲と衣は、「花天月地」の本来の意味も考えると、
衣の一筒(月)をカンして咲が五筒(花)で和了して決着、というのもさることながら、
久の「花天月地ね」で始まった大将戦が、衣の「天に地に 希望があふれているみたいだ」で終わる、というのも素晴らしく綺麗に着地してますよね
Posted by at 2012年07月18日 12:50
久は俺の嫁さま
 おお。なら、こういう記事結構需要あるのかもですね。
 あと幾つか似たような記事を書く予定です。


マーヤさま
 咲はこういった構図やキーワードでのお遊びが多いです。
 池田とモモと咲でもちょいと書こうかと思っています。


名無しさま
 上手く作ってますよねー。
 っと……。
 五筒が花というのはもしかして有名なものなんですか。
 天九牌の5−5の牌が梅花と呼ばれていることだけ知っていたので、月と花の花のほうをどう解説しようか……と思っていたら、古役で五筒を花に見立てた五筒開花なんてのがあるんですね。勉強不足でした。

 あまりにもストレートなので解説いいかー、と思っていたのですが、自分の知らなかったことが出てきたので、時間があったら記事にしようかと思います。
Posted by 管理人 at 2012年07月18日 21:46
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